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東京高等裁判所 昭和30年(う)915号 判決

控訴人 原審検察官 軽部武

被告人 武川万寿三 外二名

弁護人 長谷川寧 外一名

検察官 小出文彦

主文

原判決中その有罪部分を破棄する。

被告人武川万寿三を懲役六月に処する。

但し本裁判確定の日から弐年間右刑の執行を猶予する。

被告人酒井誠を、原判示第一の各譲渡行為(昭和二十九年十二月二日附起訴状添附の別表第一の整理番号一乃至三六の各製造たばこ譲渡行為)につき、それぞれ罰金千五百円に処する。

被告人姜明喜を、懲役六月及び原判示第二の各譲渡行為(右起訴状添附別表第二の整理番号一ないし一五、一七ないし四四の各製造たばこ譲渡行為)につき、それぞれ罰金弐千円に処する。

被告人酒井誠、同姜明喜において右各罰金を完納することができないときは、金五百円を壱日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人姜明喜に対し、本裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

日本専売公社宇都宮地方局が、昭和二十九年十一月二日被告人武川万寿三方において同被告人から押収した外国たばこクール壱千本、同フイリツプモリス四百本及びラッキイストライク弐百本(以上同地方局保管)を同被告人から没収する。

被告人武川万寿三から金参拾八万四千八百円を、被告人酒井誠から金拾八万弐千円を、被告人姜明喜から金弐拾万八千円をそれぞれ追徴する。

原判決中の無罪部分に対する本件控訴はこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事小出文彦提出にかかる宇都宮地方検察庁検察官検事軽部武作成名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを茲に引用する。

よつて先づ所論前段について考察するのに、たばこ専売法第七十五条第二項には「前項の物件を他に譲り渡し、若しくは消費したとき又は他に物件の所有者があつて没収することのできないときはその価額を追徴する」とあるのであるから、苟くも同条第一項所定の物件を他に譲り渡した事実ある以上、その物件の価額を追徴しなければならないものと解せざるを得ない。この事は、同法が、国のたばこ専売権を厳に保護し、もつて国の財政収入を確保せんとする趣旨から、たばこ種子の輸入、採取、消費、所持、たばこの耕作、葉たばこの納付、消費、所持、買取、輸入、売渡、製造たばこの製造、輸入、販売等たばこの専売権を侵害する虞ある事項につき広汎に亘つて厳格な規制を設けていることからいつても、優に首肯し得るところである。

原判決によれば「譲渡前における所有、所持又は譲受を訴追(延いては有罪視)していない限り、たばこ専売法第七十五条第一項及び第二項を適用する余地がない(同条第二項で譲渡というのは、同条第一項で所定犯罪のため、没収可能となつた物件を当該犯則者がその後に譲渡した場合のことである)」として、被告人酒井誠、姜明喜においてそれぞれ日本専売公社の売り渡さない製造たばこを譲渡したことのある事実を認定しながら敢てその価額を追徴していないのであるが、元来譲渡という所為は、事の性質上所有ないしは所持の所為がその当然の先行事実となつて行われるものなのであるから、その譲渡にかかる物件はもともと没収の可能な物件であつたのであり、それが譲渡により没収不能となつたのであるから、たばこ専売法第七十五条第二項の解釈として、譲渡当然の先行事実たる所有ないし所持又は譲受の所為について、公訴の提起がなく、ただ譲渡の所為についてのみ公訴の提起があつた場合でも、その事実の認められるもののある以上、その物件の価額を追徴し得るものと解するも何等これを不当とすべきいわれはない。されば、原審が、被告人酒井誠、同姜明喜においてそれぞれ日本専売公社の売り渡さない製造たばこを譲り渡した事実を認定しながらその価額を追徴しなかつたのは、とりもなおさず判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤を冒したものというの外はない。論旨は理由がある。

次に、所論後段について考察するのに、たばこ専売法第七十五条第二項にいわゆるその価額の追徴とは、現実の違反取引の価額の如何にかかわらず、その物件の客観的に適正な価額の追徴を意味し、当該物件が、日本専売公社によつて定価の公示された製造たばこに該当するものと認められるものにかかるときは、その価格によるべく、その公示した定価なきときは、客観的に適正と認められる価額によるを相当とする。蓋し、国が、たばこの専売を独占し、もつて国の財政収入の確保を図るため特段に、同法第七十五条なる必要没収、必要追徴の規定を設けた趣旨に照らし斯かく解するを相当とするばかりでなく、若し斯かく解しないときは、取引価格なき消費や無償譲渡ないしは公示された価格のない違反たばこの譲渡の如き場合等をも含め価額を統一して解決することができないからである。

果して然らば、原審が、被告人武川万寿三の譲り受けた日本専売公社の売渡さない製造たばこ(外国たばこ)の適正価格は、同公社で小売定価を公示して売渡している輸入製造たばこたるラッキイストライク、フイリップモーリス及びキャメル並びに同公社で売渡していない輸入製造たばこであるクール共にそれぞれ一カートン千三百円であることが証拠上(記録五三八丁参照)明白であるにかかわらず、その譲受に関して追徴すべき価額を現実の取引価格におき、しかも、譲受価格中の最低単価を基準として算出した価額を追徴したのは、とりも直さず、たばこ専売法第七十五条第二項の適用を誤まりたるに帰し、その誤が、判決に影響を及ぼすこともまた自づから明らかであるから原判決は、この点においてその破棄を免かれない。論旨もまた理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)

検察官軽部武の控訴趣意

原判決には、法令の適用に誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明かである。即ち、原判決は、(一)被告人酒井が、被告人武川に対し、計三十六回に亘つて、非売渡製造たばこ(フイリップモリス、クール、ラッキーストライク、キャメル等四種の外国製たばこ)計一四〇カートン(一カートンは二〇〇本)を代金合計十一万三千五十円で譲渡し、(二)被告人姜が、被告人武川に対し、計四十三回に亘つて、同様の非売渡製造たばこ計一六〇カートンを代金合計十二万四千七百五十円で譲渡し、(三)被告人武川が右のように、被告人酒井、同姜から計七十九回に亘つて計三〇〇カートンの非売渡製造たばこを代金合計二十三万七千八百円で各譲受け、内合計一二一・五カートンの非売渡製造たばこを計百五十六回に亘つて代金合計十万九千九百四十五円で多数人に譲渡し、尚内八カートンを不法に所持していたとの各事実を認定し被告人等を夫々懲役刑或は罰金刑に処する旨の言渡をしながら、違反物件の没収又は没収に代る価額の追徴については被告人武川に対してその所持に係る前記八カートン(一、六〇〇本)のたばこを没収するとともに譲受たばこ二九六カートン(他の四カートンは右没収に含まれる)の価額として二十二万四千九百六十円の追徴を言渡したのみで、被告人酒井、同姜の両名に対しては、検察官の主張を斥けて追徴の言渡をなさず、且つ被告人武川に対する右追徴については適正価額(一カートン千三百円)によることなく、現実違反取引の最低単価である一カートン七百六十円を基準としてその金額を算出したが、右は以下述べる理由により、法令の解釈適用を誤つた結果であり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明白であるから、到底破棄を免れない。

第一、原判決は、たばこ専売法第七十五条の解釈、適用を誤り、被告人酒井、同姜の両名に追徴を言渡さなかつた違法がある。

即ち原判決は、検察官の主張を斥けて、被告人酒井、同姜の両名に追徴を課さなかつた、理由として「検察官は、たばこ専売法第七十五条第二項により、右被告人両名から判示第一又は第二の譲渡物件に相当する価額を追徴すべきものと求刑するのであるが、本件においては、同被告人等の右譲渡前における所有、所持又は譲受を訴追(延いては有罪視)していないのであるから右、たばこ専売法第七十五条第一項及び第二項を適用する余地がない(同条第二項で譲渡と云うのは、同条第一項で所定犯罪のため、没収可能となつた物件を当該犯則者がその後に譲渡した場合のことである。)又、刑法第十九条の二を適用するのも妥当でない。」旨判示しており、原審裁判所の右見解は「譲渡犯」については、その前段階における「所持犯」或は「譲受犯」等が少くとも訴追され、然も有罪とならぬ限り、当該譲渡物件たる違反たばこでもたばこ専売法第七十五条第一項の没収対象にはならぬから、同条第二項の追徴を論ずる余地がないというにあるものと思われる。しかし、思うに、たばこ専売法上の保護法益はその第二条に明記されている国の専売権であり、同法がたばこ種子の輸入、採取、消費、所持からたばこの耕作、葉たばこの納付、消費、所持、買取、輸入、売渡、製造たばこの製造、輸入、販売、さては製造たばこ用の巻紙、器具、機械に至るまで広汎に亘つて厳格なる規制を加え、いやしくも違反行為に対しては他の法律に例を見ない程の峻厳な処罰態度を以て臨んでいるのも、この国の専売権を厳に保護し、その目的とする国の財政収益を確保せんとの趣旨に外ならないものと云うべく同法が特にその第七十五条に、必要没収、必要追徴の規定を設け、没収すべき違反物件を広範囲に亘つて網羅し、更に、これらを当該犯人が譲渡又は消費し、或は法の認める正当なる所有者があるため、犯人そのものから没収することの出来ないときは、当該違反物件の価額を犯人から追徴すべきものとしたのも違反行為者に対する峻厳な処罰態度と相俊つて、犯人から不法の利益を剥奪し、同法の意図する前記目的を完全に果さんとするにあるものと解され、右は同法の立法趣旨に鑑みるとき刑法第十九条の如き任意規定の適用のみでは国の専売権の保護を完うすることが出来ないとのたばこ専売法上の合目的的(政策的)要請に出ずるものに外ならず、ここに同法が目的とする没収、追徴の性質が一般規定である刑法第十九条の任意規定の場合とは少しくその趣を異にする所以が存するのを知るべきである。然らば、たばこ専売法第七十五条は「同法に規定された違反物件は、法禁物として何人にもその所有、所持を許さず、よつて当該犯人から没収可能の場合は必ずこれを没収すべく(第一項)又、右没収すべき違反物件が当該犯入によつて譲渡され、消費され、或は正当なる所有者があつて、当該犯人から没収することの出来ないときは、右没収に代へて当該犯人から当該違反物件の価額を必ず追徴すべきもの(第二項)」とした法意と解すべきが当然と云はねばならない。即ち、同法第七十五条は、同条第一項の違反物件を所有し、所持すること自体(譲渡、譲受は当然所持を含んでいる)を既に不法な利益の享有、保有に外ならないとして、没収を以て臨み、当該犯人から必ずこれを剥奪し同時に、もし犯人が他へこれを譲渡し又は消費し或は他に正当なる所有者があつて、当該犯人から没収することのできないときは没収に代えてその価額を当該犯人から必ず追徴すべきものとして当該犯人の手から、右、不法の利益(違反物件)が他に転々することを厳に防止せんことを企図したものと云うべきである。然らば、非売渡製造たばこを各有償譲渡し没収を以て臨み得ない本件被告人酒井、同姜の両名については正に、たばこ専売法第七十五条第二項を適用して、譲渡物件であるたばこの価額をそれぞれ必ず追徴すべきこと論を俟たぬ所であると信ずる。判例も全く同趣旨の見解を採り、「(前略)煙草専売法第六十一条(註、現行たばこ専売法七十五条該当)の追徴は犯人の手より其の犯罪に係る煙草を没収することを得ざる場合において、没収に代え、其の価格に相当する金額を完納せしむるため言渡するものにして、其の目的は、主として犯罪に係る煙草に付、犯人をして其の利益を得せしめざるに在るものなれば、最後の譲受人たる犯人の手より没収することを得ると否とに依り其の適用を異にするの理なし、若し夫れ、最後の譲受人たる犯人の手より煙草を没収することを得るの故を以て其の他の犯人が追徴の言渡を免るるものとせば、現に之を所持したる犯人のみ其の利益を失い、其の他の犯人においては其の利益を取得することとなりて、追徴の規定を設けたる立法の趣旨を没却するに至るべし、是故に本件の如く、犯罪に係る煙草が売買に依り他に輾転し、尚お、且つ最後の買受人たる犯人の手より没収することを得たりとするも、没収の言渡を受けたる者を除き、其の他の犯人に対し其の価格を追徴するは当然のこと(後略)」なる旨を判示(明治四十一年三月十日大審院第一刑事部)して以来、この態度は一貫し現在に至るまで、これに反する判決のなされた例をみないところであり、旧煙草専売法の譲渡犯の追徴に関する、明治四十一年四月二十七日大審院第二刑事部判決、明治四十三年十月二十八日大審院第一刑事部判決、大正元年十二月五日大審院第二刑事部判決、現行たばこ専売法の譲渡犯の追徴に関する、昭和二十八年八月二十五日最高裁第三小法廷判決、等は何れも同趣旨と解される。以上縷説したところによつて明かな如く、被告人酒井、同姜の両名に対し、追徴を課されなかつた原判決は、たばこ専売法の立法趣旨を誤解し、同法第七十五条の適用を誤り、その誤が判決に影響を及ぼすことが明白であるから破棄を免れない。

第二、原判決は、たばこ専売法第七十五条第二項の解釈適用を誤り、被告人武川に対する追徴価額算出の基準を適正価額に求めなかつた違法がある。

既述の如く、原判決の認定した被告人武川の非売渡製造たばこの譲受犯(被告人酒井、同姜からの各譲受)は、その取引数量合計三〇〇カートン、取引価格合計二十三万七千八百円であり、原判決はその追徴につき「被告人が現に所持していた部分に含まれている四カートンを除いて二九六カートンは、被告人が他へ譲渡していて没収出来ないから、たばこ専売法第七十五条第二項を適用して、その価額を被告人より追徴すべきもの」として、追徴価額算出の基準を現実の取引価格に置き、譲受価格のうちの最低単価である一カートン七百六十円を基準にとつて、二十二万四千九百六十円の追徴を言渡したのである。しかし、原判決の如く、現実取引価格を基準とするときは、取引価格なき消費、又は無償譲渡の場合の如き、何を採つて基準とし追徴価額を定めんとするか迷はざるを得ないところと云うべきある。しかのみならず、法が違法取引を禁じ違反者に対して違反物件の没収に代え、その価額の追徴を命じている場合、法禁の所謂闇取引の価格そのものを追徴すると云うのであつては、法が闇取引を認める結果ともなり、違法取引を禁じた法の趣旨は全く没脚されて了うと云わねばならない。更に第一既述の如く、たばこ専売法の目的とするところが国の専売権を厳に保護して、国の財政収益を確保せんとするにある以上専売事業の最終目的は収益が現実に達成される販売にあることは当然であり、即ち、たばこ専売法は第二十九条第二項に「公社(日本専売公社)又はその指定する小売人でなければ、製造たばこを販売してはならない。」と規定するとともに、第三十四条第三項を以て「小売人は、公社の定めた小売定価によらなければ、製造たばこを販売してはならない。」として製造たばこの小売価格を厳に規定し、定価外の販売を禁止して違反者に対しては十万円以下の罰金刑を以て臨んでいる(同法第七十三条第一号)のである。かかる法の趣旨等に鑑みるときは、同法第七十五条第二項にいう違反物件の「価額」とは、現実の違反取引価格の如何にかかわらず、法律上適正に認められた価額を意味するものであること明白であり、本件の違反物件は製造たばこであるから、その価額は、同法第三十四条第三項の「公社の定めた小売定価」即ち、法定価格によるべきは当然のことと云わねばならない。全く同趣旨の判例として、昭和二十九年七月二十日東京高裁第九刑事部判決、昭和二十九年十一月十日広島高裁第四部判決があり、尚たばこ専売法に限らず、いやしくも犯人に追徴を課している場合、その価額は法律上適正に認められた価額を基準とすべきで、統制価格又は適正価格のあるものは、当然これによるべきであるとの趣旨の判例として、昭和二十六年六月九日高松高裁判決、昭和二十七年九月十五日札幌高裁函館支部判決等がある。同法第七十五条第二項の価額をかく解することによつてのみ、無償譲渡乃至は消費の場合も統一して合理的に価額の解決をなし得るのであり、法定価額以上に譲渡している様な場合には、右超過部分につき、別に一般法である刑法第十九条第一項第三号乃至第四号第二項、第十九条の二を適用して、没収又は追徴をなし得るものと考えられ、違反者に何等不正の利益を保持せしめる結果にはならないものと云うべきである。この点、同趣旨のものとして、昭和二十二年六月二十六日附司法省刑事局長の専売局長官、官房総務課長宛回答、前掲昭和二十九年十一月十日広島高裁第四部判決がある。本件違反たばこであるフイリツプモリス、ラツキーストライク、キヤメル、クールの適正価額は記録第五三八丁、第五三九丁の「輸入製造たばこ小売定価について」と題する書面、同添付の昭和二十八年五月三十日附日本専売公社公示第六号写によつて明かな如く、何れも一個(二〇本入)百三十円、一カートン(二〇〇本)一千三百円であり、右基準によつて、二九六カートンの価額を算出すれば、三十八万四千八百円となり、右額が即ち被告人武川に課すべき追徴価額であつたと云わねばならぬ。然らば原判決が本件違反製造たばこにつき、前記適正価額を基準として追徴をなさず、その現実違反取引価額を基準として、二十二万四千九百六十円の追徴をなしたに過ぎなかつたのは、法律の解釈、適用を誤り、過少に追徴を課した違法があつて、この誤が判決に影響を及ぼすことは明白であるから、この点においても原判決は破棄を免れない。尚被告人酒井、同姜に対して追徴を課する場合においても、被告人武川に対すると同様、一カートン千三百円の適正価額によるべきであることは勿論である。以上の如く、原判決はたばこ専売法第七十五条の適用を誤り、その誤が判決に影響を及ぼすことが明白であるから、到底破棄を免れないものと信ずる。

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